人魚姫 | 孤独が好きな寂しがりやBlog

人魚姫

;●●●書き始め●●●

;5/10 0:40


その老婆はある一節を思い出した。

愛は人を盲目にさせる―――。


老婆は改めて目の前にいる少女を見やった。


その瞳に在るものは、混じりけの無い純真な想い。


―――妾(わたし)にもそのような時期があったのぉ。


脳裏をよぎる若き日の思い出。

甘い刻、苦い刻。


昔は甘い刻を、今では苦い刻を多く思い出す。


老婆は最初その話を聞いたとき、少女を説得しようとした。


―――悪い事は言わん。

お前さんの気持ちは分かるが、そのような男の事は忘れた方がええ。

そもそも、住んでいる世界が違うではないか。


老婆の問いかけに、時折少女は言葉に詰まらせたりした。

しかし、それでもめげずに少女は老婆に哀願した。


ひたすら、「お願いします」と。


老婆は、少女の説得を諦めた。

諦めたが、少女の覚悟の程を知りたい、と思った。

かつて、自分も少女と同じく、人を愛した事があったから。


どのようにして、覚悟の程を知るか。

―――さて、どうしようかの。


すぃ、と脳裏に浮かぶシチュエーション。


―――我ながら悪辣、じゃの。

だが、これほど効果的な質問は無い。


少女は、今までに無く困惑するだろう。

しかし、少女が「YES」と答えたら、それは少女の退路を断つ事になる。


それほどの覚悟があるかどうか。


老婆は口を開いた。


「お前さんがそれほど言うのなら、お前さんの望む物をあげよう。

 しかし、条件が1つある」


「条件、ですか?」


「ああ、もし、お前さんが惚れた男が別の女と結婚したら―――」





一人、バルコニーに佇む(たたずむ)。


昔に交わした、老婆との約束。


思い返せば、つい昨日のよう。


今までは、そんな事は思い出さなかった。


しかし、目の前の現実と、歩くたびに疼く(うずく)足が、

それを否応無く思い出させる。


少女は、自分が愛した男の行動が信じられなかった。


最後には、振り向いてくれると信じていたのに―――。


何故?


最初は、そればかり考えていた。


しかし、考えるのをやめた。


そして、今、一人でバルコニーに佇んでいる。


ドレスの下に隠された銀のナイフが、少女の心に囁く(ささやく)。


―――あの男を刺せば、私は死ななくて済む。


少女は、頭(かぶり)を振り、その囁きを振り払った。


だが、なおも心に囁きかける、声。


―――どちらにせよ、あの男は死ぬのだから、お前だけでも―――。





少女が未だ陸上に住まわず、海の中で生きてた頃。

未だ、身体が女性のそれでは無かった頃。

4人の姉たちが「フィリア」と呼び、愛しんで(いつくしんで)くれてた頃。


少女たちは、海岸に程近い岩陰で歌うのを習慣としていた。


少女たちからみれば、

歌うのが好きだったからこそ、半ば習慣化した行いだった。


しかし、少女たちとは違う人間―――船人たちから見れば、

彼女の存在は恐怖の存在だった。


曰く、

歌声が聞こえたと思ったら突然、金縛りにあって動けなくなった。


曰く、

歌声の主を見た者が、美しさのあまり、わけのわからない事を口走りながら

海の中に飛び込んだ。


曰く、

切り立った岩陰に居たのは、くっきりと整った目鼻立ち、抜けるような白い肌、

豊かな乳房、細くくびれた腰、

そして、魚の尾のような下半身をおおう銀色のうろこ。


彼女らの歌声によって、何人の船人が命を失った事か。

そして、何隻の船が沈んでいった事か。


船人たちは、彼女らを「セイレーン」と呼び、恐れていた。






目の前で、船が沈む。

豪奢で大きな船が沈む。


大きく傾き、周りに渦を作って沈む船。

渦に飲まれていく、多くの人。


海の中を泳いでいたフィリアは、沈みゆく一人の男を見つけた。


決して義務感ではない。

気まぐれで、その男を助けようとした。


沈み行く船が作る大きな渦とはいえ、

海の中に生きるセイレーンにとっては、多少強い風ほどにしか感じない。


それほど苦にする事無く、少女は目の前の男を抱きかかえた。


―――温かい。


皮膚にぴったりと張り付いた絹のシャツから、その男の温かみが伝わってきた。


人を助ける、という緊急時なのに、沸き起こった新たな発見。

そして、ゾクリと脊髄を通り軀(からだ)の奥に宿った僅かな感覚。


―――何、この感覚は?


それを何と言っていいのか分からない。

気持ちいい、と思ったが、海面に顔を出し、男の顔を覗くと一時的にその感触を忘れてしまった。


呼吸困難に陥ったためか、顔色は悪く、意識も失っているようだ。

だが、その顔は、フィリアの心を捉えるほど美しかった。


一瞬、呆然としたが、少女はすぐ近くにあった岩陰に男を担ぎ上げた。


男の口から、海水が吐き出される。

フィリアはそれを苦に思う事無く、男にぴったりと寄り添った。


―――ゾクリ。


先ほどと同じ感触が、男の僅かな温かみと共にに染みとおる。


―――気持ちいい。


フィリアはいつしか、男を抱きしめていた。


触れれば触れるほど、軀(からだ)を貫き通す感触。

気持ちよさ、とは少し違う。

気持ちよさの一つ上をいっている。


フィリアはその感触―――快感をさらに求め、男のシャツを脱がせて軀(からだ)をまさぐった。




遠くから声が聞こえる。

フィリアが回りを見渡すと、そこにあったのは朱みを濃くした日と、何艘かの船。


フィリアはそれを無視して男の軀(からだ)をまさぐっていたが、

船が近くなるにつれ、大きくなる声。


忌々しく思いながらもフィリアは男の軀をまさぐっていたが、

軽く男の頭が動いたのを目にした。


「う…」


男の目が開く。


「こ…ここ…ごふっ」


男の口から、わずかな海水が吐き出された。

その海水がフィリアの乾いた髪を濡らす。


「かはっ…はぁっ、はぁっ…」


呼吸が安定して落ち着いたのか、男は自分の胸に顔をうずめている「人」に気付いた。


「き、君は…?」


至近で向き合う、男とフィリア。

その距離、わずか10数センチ。


―――可愛い。

男は、少女の事をそう思った。


―――綺麗。

フィリアは男を見てそう思った。


互いが互いを見つめあい、一瞬、時が止まったかのように硬直した。


だが、それも一瞬だった。


男の耳に入ってきた声、そして波音。

自分が気を失うまでどこにいたのか。


それらに気付いて、自分の置かれた状況を把握した。


「遭難、したんだっけ…」


大きくため息をついた男。


そして自分を抱きしめている少女に向かって言った。


「君が助けてくれたんだね、ありがとう」


「助ける…?」


フィリアはきょとん、とした。

そして、自分が最初、何のために行動したのかを思い出した。


「あ…そうだった」


男の軀(からだ)をまさぐって快感に浸っていたため、最初の目的をすっかり忘れていた。


「ええ、私が助けたのよ」


にっこりと微笑むフィリア。

同時に跳ねるフィリアの下半身。


「う…!」


男の顔がひきつる。

それも当然だろう、フィリアの下半身にあるのは、人間のそれではなく、魚のそれ。


―――これが世に言うセイレーン。


男の頭に響く、海の伝説。

今、それがまさに目の前にいる。


―――ズキン!


後ずさりしようとした男だったが、背中を貫いた痛みがそれを阻む。


「うっ…!」


「どうしたの?」


「……。」


フィリアが邪気の無い顔で問い掛けたが、男は何も答えなかった。


「あなた、お名前は?」


フィリアがなおも問い掛ける。

しかし、男は目をつぶり歯を噛み締め答えようとしなかった。


「ねぇ、あな…」


「フィリア!!」


別の声がフィリアの声を妨げた。


フィリアが後ろを振り向くと、そこには柳眉を逆立てたフィリアの姉がいた。


「フィリア、あなた、そこで何をしているの!」


「何…って…」


「早く、そこから離れなさい。すぐ近くには人間が沢山いるのよ!」


「でも…」


フィリアは自分が抱きしめていた男を見つめた。

男は、2人を交互に見つめていた。


「フィリア、早くこちらに来なさい!」


「う…」


フィリアが回りを見渡すと、船がこちらに近づいているのに気が付いた。


僅かに逡巡しながらも、フィリアは男の身体から離れ、海に落ちた。


海に潜る寸前、フィリアは男の方を見た。


そこには、こちらを見つめる男の姿。


―――また、会いたい。

そして、あの快感が欲しい。


フィリアはその想いを胸にしながら、深く潜っていった。





それから数年後。

フィリアの軀(からだ)も少女から大人のそれに変わり行く頃。


フィリアは岩陰で何もせずに佇んで(たたずんで)いた。


そこは、かつて男と共に居た岩陰。

いつしか、フィリアはそこに通うようになっていた。


しかし、今日はいつもの気まぐれで、歌う気にならない。

ただ、何もせずにそこにいた。


時々思い出す、あの時の男。

そして、あの時感じた快感。


それは、今までの生活ではついぞ得られなかった。


時々、姉や母、祖母にそう言った快感を聞いてみた。

しかし、それについては誰も知らなかった。


隠している、というのも違う。

本当に知らないようだった。


フィリアには、それがもどかしい。

そして、同時に思い出す、あの男の美貌。


もう一度、会いたい。


しかし、名前も聞かず、自分の名前も明かさず、

どこに住んでいるのかも知らぬ相手は探しようが無い。


ましてや、自分はセイレーン、相手は人間の男。

まさに住む世界が違う。


何故あの時、もっと―――。


時々襲ってくる、懐古の念。

フィリアは浸した尾で水を跳ね飛ばした。


その跳ね飛ばした水の向こう。

遠くに、何隻かの大きい船が在った。


一瞬、ビクリ、と驚くフィリア。


「脅かさないでよ、あんな人間の乗った船―――」


そこまで言って、フィリアは思い出した。


―――そういえば、あの男も船にいたっけ。


フィリアは遠くに見える船団に向かって泳ぎだした。




フィリアは自分の歌声には自信を持っていた。


だが、それが人間にとっての「悪夢」とまでは知らない。

「勝手に歌声に惚れて溺れる」のが人間の性(さが)と思っていた。


だから、自分の歌声がどれほど恐れられているか知らない。

だから、自分の歌声がどれほどの被害を出すか知らない。


ただ、歌えばあの人と会える―――。

そう考え、心を込めて歌った。


そして、歌声に惑わされた船員が続出した。




沈んだ船そのものには興味が無い。


沈み行く船の作り出す渦に巻き込まれる「それ以外の男」には興味が無い。


フィリアの求める「男」がいない。

それがフィリアには腹立たしかった。


渦に巻き込まれる沈み行く船と人の間を泳ぎぬけるも、

フィリアの求める「男」は見当たらない。


幾艘かの船が沈み、ひときわ豪奢な船が沈んだ時。

周りの船が、救護船を繰り出し、一人でも多くの、

あるいは高貴な人を助けようとしている時。


フィリアは真っ白なシャツを来た男を見出した。


―――あれかな?


渦に邪魔されながらもフィリアは男の近くまで泳ぎ着いた。


そのまま抱きかかえ、海上に向かう。


―――ビクン


かつて感じたあの快感。

思わず、フィリアの口元に笑みが浮かぶ。


そう、この感覚―――。


懐かしくも思い出しながら、フィリアは男を抱きかかえ、海上を目指して泳ぐ。


海面に顔を出して、その顔を確認した。


―――また、会ったね。


いくぶん大人になった顔つきだったが、あの時の「男」に間違いない。


フィリアはこちらに向かう救護船に目もくれず、

遠くに見える砂浜に向かって泳いでいった。




広がる砂浜には誰も居ない。


誰かが居たとしてもフィリアは意に介さなかっただろうが、

フィリアはあの時と同じように男のシャツを脱がせ、

あの時と同じように男の軀(からだ)をまさぐった。


―――ゾクリ


あの時と同じ快感が背中を突き抜ける。


男の軀(からだ)をまさぐり、軀を重ねる。


―――こんなに気持ちのいい事。


フィリアが陶酔に溺れようとした瞬間。


「…フィリア」


聞き慣れた声がフィリアの耳に入ったような気がした。

しかし、フィリアは気付かない。


「フィリア!!」


はっ、として、フィリアは後ろを振り向いた。


そこにいたのは、フィリアの姉。


「あなた、また…」


「ね、姉さん…」


「あなたがその男を助けた事をどうこう言うつもりは無いわ。

 でも、その男をどうしようとしてるのかは聞きたいわね」


「え…?」


「でも、今はそんな時間は無いわ」


「な、何…?」


「すぐ近くに人間が来ているわ。

 はやく逃げるのよ」


「に、逃げる…?」


フィリアは周りを見渡した。


広がる砂浜、切り立った崖、遠くに見える人家。


そしてこちらに走り寄る人。


「え、え…?」


「人がこちらに来ているのよ!

 早く逃げるのよ!」


混乱したフィリアだったが、

逃げなければならない、というシグナルが頭の中に響く。


フィリアは、混乱したまま海に逃げた。




その後、フィリアは姉たちに諭された。


「人間は愚かで残忍な生き物」

「セイレーンを忌み嫌い、迫害する」


どれもこれも以前、聞いたものばかり。


要は「危険だから近づくな」という事を言っているのだが、

普段はフィリアと同じ奔放な姉たちが、人間の事に限って

嫌い抜いているのは、フィリアにとっていささかおかしかった。


だが、フィリアは対抗した。


あの人に、会いたい。


ただ、それだけだった。

それだけを主張した。


いくら諭そうとしても聞かないフィリアを見かねて、

姉の一人がついに折れて、男の素性を打ち明けた。


「そんなに言うのなら、あの男が住んでいるところの近くまで案内してあげる。

 ただし、一度だけよ。

 人間に見つからないように、見ただけですぐに帰ってくるのよ」




―――月の明るい夜。


フィリアと姉の一人は、あの時の砂浜近くを流れる川を上り、

幾つかの水路をくぐり抜けて、砂浜の上にあった城の近くまでたどり着いた。


水の上に影を落とすバルコニー。


そこに、あの時の男がいた。

楽器をかき鳴らしており、その様子は美しかった。


フィリアは嬉しさのあまり、男に声をかけようとしたが、姉に止められた。


フィリアは不服だったが、男を驚かせるだけだった事もあり、

それを是として黙って男の姿を見つめていた。


やがて、男を呼ぶ声が聞こえた。


そろそろ―――。

フィリアは自分の腕を取った姉の意図を察した。


フィリアは軽くうなずいた。


とぷん、とぷん―――。

大きく浮かぶ2つの波紋。


水路に潜ったフィリアは、先ほどの「声」を思い出した。


「フィリックス様、そろそろお寝み(おやすみ)になりませんと―――」


フィリックス、っていうのね、あの人―――。

フィリアはその名前を胸に刻み付け、泳ぎつづけた。


;●●●ここまで書き終わり●●●

;5/10 4:00

;続き@人魚姫2 @wrote on 05月13日 01時02分16秒

;続きの続き@人魚姫3 @wrote on 05月19日 07時59分25秒

;続きの続きの(以下省略)@人魚姫4 @wrote on 05月21日 06時43分09秒

;続きの続きの(以下省略)@人魚姫5 @wrote on 05月24日 13時50分46秒

;続きの続きの(以下省略)@人魚姫6 @wrote on 05月24日 14時20分42秒

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元ネタは読めば分かりますので、敢えて書きません。

っつか突っ込み禁止。




ちなみに、原作はアンデルセン童話ですね。基本的に。

水の精と言いましょうか、そういったモノはウンディーネあるいはオンディーヌと言われていますが、ここではセイレーンとして統一しときます。

何も考えていないっちゅーか面倒くさいっちゅーか

だから突っ込み禁止で。




何も考えていないといえば、「フィリア」「フィリックス」という名前もそう。

こちらは完全無欠に適当に付けました。

「フィ」で始まる名前でどっかのファンタジー系小説であったよーな気がするなぁ、と思い出したからこの名前にしました。

記号としての名前なんで、あんまし気にしないで下さい。

…別に「ペドフィリア」から取ったワケじゃないので念のため。


あ、一応言って置きますが、別にポルノ小説という感覚で書いたワケではありませんので念のため。

いや、「そーゆー描写しといていまさら何抜かすんじゃぃワレ( ̄皿 ̄メ)」と言われるかもしれませんが、いや、マジです。




ちなみに、「軀(からだ)」という漢字ですが、これはUnicode形式なんですねぇ。

珍しい漢字なんで確かにそうなのかもしれんなぁ、また勉強になったよ、と思いながら保存しようとするたび「Unicodeなんちゃら~」と出てくる「Notepad」をウザく思ってました。

ちなみに「軀」と書くよりは「身体」と書く方が傀儡(くぐつ)っぽい雰囲気で「入れ物」を彷彿とさせて官能的なもんで、この漢字を充てました。

…官能的だからって別にポルノ小説という(以下省略)




ファイルサイズは13KB。

元ネタがはっきりしている(?)ので3時間でこの程度を書き上げられましたが、何気に容量は多くいかないですねぇ。

シナリオライターの苦労が仄見える瞬間です。


さぁて、これからはいろんなエロゲ関係の資料を読みまくる事にしますか。

書いてて「何て非生産的な事をorz」と思ったのは秘密の話で。