人魚姫2 | 孤独が好きな寂しがりやBlog

人魚姫2

;人魚姫1 @前章@wrote on 05月10日 04時56分20秒

;●●●書き始め●●●

;5/12 7:10


それから幾日後。


フィリアはフィリックスに会いに行こうとする度に姉に止められていた。


必ず通らねばならない水路に、姉たちが日ごと待ち受けており、

どうしても会いに行く事が出来ない。


手を変え日を変え時間を変え。


何度か水路に赴いたが、

時間をずらしても、2、3日空けても、

誰かがそこにいて、止められた。


―――もどかしい。


フィリアは思い余って、祖母に話してみる事にした。


「フィリア、あなたが人間に会いたいと思っているのは分かっています」


「お祖母様(おばあさま)…」


「フィリアが会いに行くのを止めているのは、妾(わたし)です」


「え…?」


「フィリアが人間の男に会いに行くのを止めるにはどうしたらいいか、

 そう、あなたの姉たちが揃って相談に来たの」


「どうして、お祖母様…」


「フィリア、あなたが人間の男に恋焦がれているのは分かります。

 けれども、どうにもならないのですよ」


「それは……」


フィリアは唇を噛み締める。


それは事実。

自分は人ならぬ身。


自分は人間の世界では生きていけぬ身体。

人間も、自分の住まう世界では生きていけぬ身体。


まさに、住む世界が違う住人。


それが分かっているからこそ、

その事実に目を背け、会いたいと想っている。


「フィリア、あなた、人間の世界を知っていて?」


「え…人間の世界…?」


「ええ、人間の世界を」


「そんなの…」


「知らないでしょう」


ため息をつきながら、祖母は続けた。


「人間というのは、

 自分のためなら他人を殺めて(あやめて)でも、

 という生き物なのですよ」


「殺めて…って…」


「その言葉どおりよ。

 その前に確認しますけれど、

 あなたは人間の男に恋焦がれていますね?」


「…はい」


「では、別の…人間の女性が、

 あなたが恋している男性に恋をしてしまったら、という事を考えてみて」


「え…?」


「だから」


そこで一息の区切りを入れる祖母。

その眼(まなこ)はフィリアの瞳を捉えたまま、離さない。


「フィリアの愛した男性に、他の女性も愛してしまったら、という事」


「そ、それは…男性が拒否するべきでは無いでしょうか?」


「そうね、普通なら」


「普通なら…?」


「中には、こう考える人もいる。

 『フィリアという女性がいなくなれば、男性は私を愛してくれるはず』

 と、ね」


一瞬、怪訝な顔をするフィリア。


しかし、それが意図するところを理解した瞬間、

フィリアの目が大きく開かれる。


「フィリア…これがどういう事か分かりますね」


「……はい」


「答えてみて」


「…私がいなくなれば…殺されてしまえば…

 フィリックスは別の女性を…」


「そう。その通り。そう考える女性がいるのが、人間ですよ」


「……。」


「ところで、フィリックス、っていうのね、その人間の男性は」


「え、はい、そうです」


「フィリックスが私たちと同じだったら良かったのにね。

 それだったら、私たちも喜んでフィリアを祝福したでしょうに」


「それは…」


「もっとも、一番下の妹が先に伴侶を持ったら、

 あなたの姉さんたちが嫉妬するかもしれないけれど」


祖母は軽く微笑みを浮かべた。


「でもね、フィリア。あなたは一つ忘れている事がある」


「何を…でしょうか?」


「私たちが美しい、と思っている魚の尻尾ですが、

 人間たちは醜いもの、と思っているの」


「そ、そうなん…ですか?」


「それにね、魚の尻尾がある限り、人間の世界…陸上を歩く事は出来ない。

 醜いもの、と考えている上に、歩く事すら出来ない、というのでは、

 人間の世界では生きていけない」


「……。」


「そして、あなたも分かっているように、

 人間は私たちの世界に住まう事が出来ない。

 何故なら、人間は海の中で潜って生き続けるのが出来ない」


「……。」


「だからね、フィリア。

 あなたはあなたに相応しくない…別の世界の住人に恋してしまったの。

 忘れなさい、とは言わない。諦めなさい」


「お祖母様、でも、私…」


手を上げてフィリアを制する祖母。


「フィリア。

 あなたが人間になるか、フィリックス殿がセイレーンになるか。

 これが為されない限り、あなたの恋は成就されない」


「お祖母様…」


「つらいでしょう、フィリア。

 でもね、こればっかりは、私でもどうしようもないの」


「……。」


「私の可愛いフィリア。

 私は、あなたが幸せになれるのなら、それをかなえてあげたい。

 でも、どうしようもないの」


祖母はフィリアを抱きしめて、もう一度言った。


「私の可愛いフィリア。

 フィリックス殿が私たちと同じだったら良かったのにね。

 でも…どうにもならないのよ…それを分かってちょうだい…」





フィリアの想いは、その当日のみ、収まった。


しかし、寝て、起きてからは、やはりその想いは留まらなくなっていた。


『人間は私たちの世界に住まう事が出来ない。

 何故なら、人間は海の中で潜って生き続けるのが出来ない』


『あなたが人間になるか、フィリックス殿がセイレーンになるか。

 これが為されない限り、あなたの恋は成就されない』


祖母の言葉が頭に響く。


「…私が人間になったら?」


全て解決する。


一瞬、そう考えた。


しかし。


人間になる、という事。

それはセイレーンとしての自分を捨てる事。


そして、それは父や母、姉や祖母と会えなくなる。


「一体、どうしたら…」


その日、フィリアはどこにも出かけなかった。





フィリアは思考の渦に巻き込まれていた。


自分が人間になること。


フィリックスがセイレーンになること。


実現可能かどうかはともかく、

そうなった場合の事をひたすら考えていた。


姉や母、父が見舞いに来ても、


「会いたくない。寝ませて(やすませて)」

と、ひたすらに自閉していた。


祖母は来なかった。


フィリアには、理由は分からなかったが、

何となく、来ないものと想っていた。


昨日、今日、明日。


思考の渦に巻き込まれて何日か過ぎた頃。


フィリアは思い立ったように、何処かへ出かけた。


不安な目と覚束ぬ足取りが、心の乱れようを表していた。


しかし、目的の場所に近づくにつれ、

不安な目には希望が、覚束ぬ足取りには意思が宿ったかのように

しっかりとしていった。


向かう先は、禁断の場所とされている魔女の森。


禁断であるが故に、叶えられるかもしれない。


フィリアは、「決して近づいてはならない」と

幼少の頃より教えられていた魔女の森の入り口に着いた。


魔女の森―――

正確には藪と言った方がいいだろう。


動物のように蠢く(うごめく)植物、

蚯蚓(みみず)のように気色悪い海蛇。

一度絡みついたら二度と離す事はないであろう生き物。


犠牲となったものは数知れず。


白骨化した死体、船の残骸、船の櫂。

おどろおどろしい風景が見える範囲全てにある。


そして、森の中にある、ぬかるみで覆われた広場の中央。


骨―――人骨・動物問わず―――で出来た1軒の家があった。


フィリアは歯を食いしばって、ドアを叩いた。


返答は無かった。

しかし、急にドアが開き、押し込められる形でフィリアは屋内に入った。


部屋の中央には、魔女と思しき老婆が樽の中をかき混ぜており、

急な訪問者であるフィリアを見て、にたり、と不気味に笑った。


「お前さんが何でここに来たかは分かっているよ」


老婆はかき混ぜるのを中断し、

部屋の端にあるソファに座るようフィリアを促した。


部屋の中は、まさに魔女の部屋。


男性の精液、女性の月経の血、胎児、マンドラゴラの葉や根。

その他、意味不明のもの。

それらがビンの中に収められている。


「さて、お前さんがここに来るのは分かっていたが、

 濃(わし)はお前さんの名前までは知らん」

 来る事までは分かってても、訪問者の名前までわかるほど

 千里眼を持っているわけではないからの」


老婆は自分の分だけ用意したお茶

―――とはいっても、濃すぎる緑色したどろりとした飲み物―――

を飲みながら言った。


「あ、そうそう。お茶を出すつもりは無いからの。

 濃の口に合っても、お前さんに会うお茶はここにないで。

 悪く思わないどくれ」


それに関してはフィリアは答えず、自分の名前を明かした。


「私は、フィリアと言います」


「そうかえ。

 で、そのフィリアさんが、濃のところに来た理由は、

 恋焦がれる人間の男と共に生きる方法を探りに来たのじゃろう?」


「……。」


フィリアは返答せず、うなずいたのみ。


「で、濃がその方法を知らん、と言ったらどうする?」


「それは…」


「ふぉっふぉっ、それは冗談じゃ」


「では…!」


「まぁ、そう急くではない。

 あれは辛いものじゃ」


「辛い…とは?」


「まず、結論から言うとな、人間になる薬はある。

 だが、人間の足を持つだけで、休まる事無く、その足に鈍い痛みと

 歩くたびに刺す痛みが襲ってくる。なまなかのものでは無いぞえ」


「そ、それでも構いません!」


「だから、そう急くで無い、と言うとる。

 じゃがの、お前さんは人間になって幸せになれるかの?」


「どういう…意味ですか?」


「人間の男に恋焦がれて、人間になった者がどのようになるか、

 というのを考えてみてはどうかね?」


「仰る意味がわかりませんが…」


「まぁ、説明不足じゃったの。

 歳を取るとこうなっていかん」


老婆は茶をすすりながら言った。


「では、単刀直入に言おう。

 お前さんと同じ思いをし、人間になったセイレーンの成れの果てが

 目の前にいる、この婆じゃと言ったらどうする?」


「な…!」


フィリアの目が大きく開かれる。


老婆はそれを眺めやりながら、遠い目をして続けた。


「悪い事は言わん。濃はこの目と耳で人間の浅ましさ、卑怯さを識った。

 その濃からの説得じゃ。

 止めておけ」


「で、でも…」


「重ねて言うが、悪い事は言わん。止めておいた方がええ。

 お前さんの気持ちは分かるが、そのような男の事は忘れた方がええ。

 そもそも、住んでいる世界が違うではないか」


フィリアは黙りこくったが、老婆の目には、

フィリアがその忠告を受け入れたとは思えなかった。


何故なら、過去の自分と同じだったから。

このような言葉で、目の前にいる少女が諦めるとは思えない。


―――じゃが、説得だけはしておくか。


老婆は、無駄とは思いつつも、フィリアを説得しようとした。

砂地に水を巻く行為とは知りながらも。






小一時間ほど経っても、フィリアは諦めようとはしなかった。

老婆も分かってはいたが、人間と共に暮らした頃の様子を語って聞かせた。


多くの事実と僅かの誇張。

そして、つかの間に訪れた幸せな日々。


老婆も語って聞かせるのに疲れた頃。


老婆も説得するのを諦めた。


「お前さんがそれほど言うのなら、お前さんの望む物をあげよう。

 しかし、条件が1つある」


「条件、ですか?」


「ああ、もし、お前さんが惚れた男が別の女と結婚したら…」


老婆の目がすぃ、と細くなる。


「その男の命を貰おう」


「な…!」


「裏切ったらの話じゃよ。

 裏切った男ならそれだけしても惜しくはあるまい?」


「それは…」


「まぁお前さんの美貌とスタイルであれば、どんな男でも夢中になるだろう。

 そもそも人間には美貌な女性はごく僅かしかおらぬで、その点は心配はしておらぬ」


老婆はお茶を注ぎ足しながら続けた。


「お前さんの恋焦がれた男のみならず、人間の男どもはお前さんに夢中になる。

 濃の薬は2本足を作るだけでなく、軽やかに踊る事も出来るものじゃて、

 どんな踊り子も敵うものではない」


「そ…それで…」


「確認じゃ。

 お前さんに薬をあげよう。

 ただし、お前さんが恋焦がれる男が別の女と結婚したら、その男の命を貰う」


「……。」


「薬の代償はそれだけじゃ。

 裏切らなかったら、お代は要らぬ。

 それで、よいかの?」


「それは大丈夫ですわ。絶対にそういう事にはなりませんから」


フィリアには、このとき「裏切る」という言葉を理解していなかった。

セイレーンの世界では互いに選んだ伴侶と寄り添い生きるのが当たり前だったから。


「さて、お前さんの考えはともかく…」


老婆は立ち上がり、一つのビンを手に取りフィリアに手渡した。


「これが、人間になる薬じゃ。

 まぁ今すぐ飲むのではなく、砂浜や川べりで飲むと良かろう。

 そうでないと、すぐに溺れてしまうからの」


「…分かりました」


「それともう一つ」


「何でしょう?」


「人間になる、という事は、泳ぎもままならぬ。

 お主の父母や姉たちと会えなくなるが…

 それでも構わぬか?」


「…覚悟…しています」


「…ならばよかろう。

 フィリアよ、お主の求めるものを求めて人間になるがよい。

 それは過去を失う事になるが、致し方あるまい」


「はい。ありがとうございます」


フィリアはその薬を持ち、魔女の森を出て行った。


老婆はソファに深く座りなおし、ため息をついた。


「さて…どうなる事やら。

 持って…数年といった所じゃろうが…」


老婆は鈍く光る水晶球を眺めやった。


そこにあるのは、何人かの若い女性のセイレーン。


「やはり…そうなるか。

 では、早速準備する…かの」


老婆は一振りの銀のナイフと幾つかのビンを手に取った。


;●●●ここまで書き終わり●●●

;5/12 9:20

; 続き@人魚姫3 @wrote on 05月19日 07時59分25秒

;続きの続き@人魚姫4 @wrote on 05月21日 06時43分09秒

;続きの続きの(以下省略)@人魚姫5 @wrote on 05月24日 13時50分46秒

;続きの続きの(以下省略)@人魚姫6 @wrote on 05月24日 14時20分42秒

/***********************


ファイルサイズは11KB。

所要時間は2時間と10分ですので、こんなもんでしょう。

スクリプト書いてないし、選択分岐も無いし。


ああ、そういえば全然えちぃくないですな(笑)。

ナチュラルな展開ですし、普通のお話ですからねぇ元ネタが。


…やっぱしベッドシーンは書くべきなのか、何故か今から悩んでいるEsLoadです(馬鹿丸出し)



ちなみに、作中にありますが、老婆が人間になった事ある云々、というのはEsLoadのオリジナルです。

アンデルセン童話にもそういった記述もありませんし、ジロドゥー作「オンディーヌ」にも同じような設定はありません。

(「オンディーヌ」は「水の精霊」の意味)


これは、なんちゅーか、フィリアが(人間になった後にも)セイレーンに戻る事もありえる、という逃げ道に近いです。

選択肢の存在するゲームであれば、そういう持っていき方もありますからね。



そういえばTRPGがらみになるのかな、そういった点を補足しておきますと、

人魚(ここではセイレーン)は300年ほど生きられる、と「アンデルセン童話」にあります。


ただし、輪廻転生といいますか、人間は輪廻の枠で生まれ変わるけど、人魚は生まれ変わらずに「海の泡となって消える」という人生(?)の終結ですね。

こういう儚さって意外に好きです、自分。


一般的…といいますか、日本語訳されたアンデルセン童話の終わり方ですと、人魚姫は海に身を投げて泡となって消える終結となっています。

が、オリジナル(日本語訳されていない原作「人魚姫」)では、泡になって空気の精になる、という展開です。

300年ほど空気の精で良い事をすれば人間と同じ不死の魂(輪廻の事でしょう)を得られるとの事。


希望がある、と言えばその通りなんでしょうが、自分から見たら物悲しい展開です。

いや、そういう展開大好き(はぁと)



あ、好きな展開といえば。


原作では、王子様じゃなくて、ものの見事に「人魚姫」が裏切るシーンも大好き(はぁと)

いや、そのあたりが人間臭くて(元は人間じゃないケド)、もぉ「ドロ沼シーンキタ━━━━(゜∀゜)━━━━」ってな感じです。

えろげで言うなら「君が望む永遠」くらいに(甘いシーンを望むユーザが感じる)痛い展開。












泥沼シーンバンザーイ!!!!


…こんなコト書いてるからオレ非モテ系なのか_| ̄|○

***********************/